よく和宮は「悲劇の皇女」と言われるが、どこが悲劇なのか? よく家茂は江戸将軍の中でも事績のわからない地味な存在だと言われるが、どこが地味なのか? そして、この二人の結婚生活は期間も短く、仲もそれほどよくなかったと言われるが、どこが悪いのか?――彼らについて知れば知るほど、強くした思いである。

 

 和宮と家茂が生きたのは、江戸時代でも初代家康期に次ぐ波瀾万丈の時代である。それは日本史全体を通しても、特筆すべき歴史の節目だった。その激動の最中にあって、育まれ貫かれた二人の愛――それはなんと美しいことか……。若さと儚さゆえに純粋で、さらに厳しい環境下だったからこそここまで昇華された、ある種の究極の形を持っている。なのに、世で語られる評価のなんと寂しいことか……。

 

 伊弉諾伊弉冉にはじまり、史上には数多くの夫婦や恋人たち――そしてその愛の形が現れるが、史実と一般的認識のギャップの大きさもあって、もっとも心惹かれたのが、この二人だった。これだけの事実がありながら、何故この二人の愛が語られないのか、それどころか不仲説が浮上するのか、まったくもってわからない――それが、私が本書を執筆した動機である。

 

 二人の恋物語を歴史の敗者である幕府側から見た幕末史とともに読んでもらえば、彼らの愛がどれほど稀有で印象深いものかわかってもらえるだろう。また、一般に理解されている歴史がいかに勝者側のものであるか、語られない部分が多いか、多少なりとも感じてもらえれば幸いである。

 
羽生雅(2003年5月24日発行 初版本初出)